空論の法則

電荷間に作用する言葉の相互作用

『悪党どものお楽しみ』 ―ビル・パームリーがTwitterやったら、めちゃくちゃ人気でそうー

8月のある日のことである。仕事で精も根も尽き果てていた私は、ふらりとふらりと街を徘徊していた。街路樹ではクマ蝉とミンミン蝉が互いに一歩も引かず自己主張をしている。ふと、吸い込まれるように文教堂書店に入った。

 

店内をうろうろしていると、P・ワイルドの短編集『悪党どものお楽しみ』が目についた。奥付を見ると、どうやら今年の3月にちくま文庫で刊行されたらしい。私は一も二もなく購入してしまった。長らく絶版になっていたコン・ゲームものの隠れた名作だからである。別にこれは私が勝手にそう主張しているのではなく、例えば、杉江松恋さんの『海外ミステリー マストリード100 』やE・クイーンが1845~1967年までに出版された短編から選出した傑作選「クイーンの定員」なんかにもちゃあんと殿堂入りしている。 

 

昔ハードカバー版で読んでいたのだが、久々に読み返していて、農家で元賭博師のビル・パームリーが斜め上の角度からイカサマを見抜く手際がとても爽快で読んでて心地よかった。また、お人よしで正義感が強いのだけれども、自分からトラブルに突っ込み、挙句、ビルも巻き込んでしまう相棒のトニー・クラグホーンとの掛け合いも軽やかで皮肉たっぷりで面白い。やっぱりミステリっていいよねと至福の読書時間を過ごしたのですが、ふと、思った。

 

「元賭博師の農家でー巻き込まれて仕方なくとは言えー正義のためにイカサマを見抜く」って人、なんかすごいTwitterやったら人気でそう

 

本書の時代設定は「狂乱の1920年代」と呼ばれる禁酒法に始まり世界恐慌に終わる時代なので、当然Twitterはおろかコンピューターすらなかった時代なのだが、銀魂のように自分に都合のいい部分だけ近代化して「もしもビルパームリーがTwitterをやったら」を書いてみたい。勿論、整合性がめちゃくちゃでも私は悪くない。全て天人が開国を迫ったせいだ。

アカウントを開設するきっかけ

 ビル自身はすでにギャンブルから足を洗っており、農業に専念したい人であるので、自分からTwitterアカウントを開設し、インターネットの海に賭博の専門知識を生かした投稿するようにはおそらくならない。しかし、相棒のトニー・クラグホーンはビルの信奉者であり、なおかつ、勝手にビルの英雄的行為を吹聴して回っている。きっと、SNSがあればトニーが勝手にアカウントを開設してしまうに違いない。

「~(前略)~ビル・パームリーは、物事をあるべき姿に戻すことができる。他の誰一人としてできなくてもね。ビルパームリーあるところに、希望ありだ。僕らの標語は『まず、我らのところへ!』さ。これが君のためにやってきた、ささやかで分別ある宣伝だよ!

「トニー、君を殺してやりたいよ!」 (p337,338)

かれらの温度差はこのあたりにとてもよく表れている。

ツイートの方向性

Twitterで多くの人の支持を集める人のツイートは以下の3つのどれかに該当すると言われている。

  1. 面白いツイート
  2. 感情を揺さぶるツイート
  3. 役に立つ情報

1はネタポストやマジックリアリスム日記、一言つっこみ写真のような笑えるツイート、2は逆張りや煽り、ポスト真実などの感情に訴えかけて議論を巻き起こすようなツイート。ビルはユーモア精神は持ち合わせているものの、芯の部分は真面目な性格なので、前者2つのツイートは安定して書けそうにない。すると、やはり3の「役にたつ情報」をつぶやくことになるだろう。おそらくつぶやく内容としては以下、

  • カジノの紹介
  • カジノゲームのルール
  • カジノにおけるいかさま
  • カジノプレイヤー
  • イカサマを見抜くために開発したグッズ

 などが思いつく(+農業系ツイートだろうか?)。

カジノの紹介

 本書中にもいくつかカジノが舞台となっているが、それぞれ微妙に特性が異なる。例えば4話「赤と黒」の舞台になっている、会員が紹介した友達のみが会員になれ、昔からのお金持ちと新興の成金が雑多にあつまり玉石混交となっているヒマラヤクラブや第5話「良心の問題」の舞台となる、入会条件が厳しく由緒正しい昔ながらのお金持ちしか会員になれないウィンザークラブがある。一代で財を成したデントン・トーマスが入会を断られ「君の息子なら選ばれる見込みは十分あるだろう」と結婚を薦められたという逸話が面白い。

 

ツイートはおそらくこんな感じだ。

 

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第 7話「火の柱」で出てくるリグズ島協会を例にツイート風画像を作成してみた。

カジノゲームのルール

 ビルはポーカーが得意なので、この種のツイートは5カードドローポーカーや7カードスタッドポーカー、テキサスホールデムなどの多様なポーカーのルール紹介が中心となるのではないかと思う。しかし、本書中ではこれらについて詳しく述べられていない。本書に出てくる中で最も知名度が低いゲームは「良心の問題」ででてくるカシーノであろう。付録にゲームの概要がついている。

カジノゲームにおけるイカサマ

 この項目については、本書のメイントリックでありネタバレ防止のために詳細に書くことは難しいが、様々な手法のイカサマが本書でも繰り広げられており、イカサマの解説だけでなく、どうやってイカサマを見抜き、どのようにそれを日の目に晒したのかという経緯をイカサマスレイヤ的に綴っていくことだろう。ちなみに、カードのイカサマテクニックが知りたい、習得したいという方は『プロがあかすカードマジック・テクニック 』がおすすめ(なお、金銭を賭けた上での使用に関してはやめておいた方が良いとだけ忠告しておきます。自己責任!)。

 

カジノプレイヤーの紹介

 本書には海千山千のイカサマ師や、様々な性格のイカサマ師が登場している。ビルが今までであったカジノプレイヤーの魅力を紹介していくのも、コンテンツの一つとして成立するに違いない。負けたら盗まれたと主張し、誰彼構わず捕まえてひたすら愚痴を言う敵を作る才能に恵まれたホイットニー・バーンサイドやイカサマは一切通用しないポーカーの達人で、葉巻を咥えたままで自分の手札はほとんど見ず、ひたすら相手の表情だけをうかがうプレイスタイルのピートカーニーといった一癖も二癖もある人物が目白押しだ。なんか付き合いたくないが多いぞ。

 

イカサマを見抜くために開発したグッズ

 様々なイカサマと供に魅力があるのがイカサマを見抜くための道具だ。小型カメラと双眼鏡と眼鏡のどれにも当てはまらないが、それぞれの特徴を少しずつ備えているルーレットスコープがその例として挙げられる。モノとしての道具だけでなく、コリーのように見えるが、毛はエアデール系で身体はアイリッシュ・ウルフハウンドの疥癬にかかった犬で、ビルがポーカードッグと名付けた犬なども広義のグッズに含まれている。こういったビルが独自に開発あるいは命名したグッズを紹介していくのもきっと「役に立つ情報」に違いない

人気の絶頂

 ビルが有益な情報をツイートする としたらどういうツイートをするかという観点で考察してみて、客観的に役に立つ情報を流すというスタンスで人気を博すのではないかと考えた。しかしながら、当然のことながらビルも人間であり、たまには自分のことを語りたくなるのが人情というもの。普段から自分語りをしている人はウザがられるが、人気アカウントがごくたまに自分の胸の内を明かすと爆発的にツイートが伸びるというのはままある現象である。

 

ビルの場合は18歳で家を出て、だんだんと賭博の技術を習得していき、浮き沈みの激しい人生を送ってきたため若いながら様々な経験を積んでいる。特に故郷に帰ってピューリタンの厳しい父親ジョン・パームリーと家を出ていくか留まるかを賭けてポーカーゲームを行って、和解するまでの話はきっと多くのフォロワーの胸を打つに違いない。おそらく和解の経緯のツイートで人気は絶頂になるに違いない。なお、詳しい経緯は第一話「シンボル」で語られており、とある小道具がとても面白い役割を演じている。

 

 

ここまで書いてきた内容を振り返ってみると、ああ、なんか割とうまくTwiterアカウント運用できそうだな、という感じがする。

しかし、実は問題がある。それが次の項目。

 

炎上

そう、いくらネット世界の人気者といえども、これだけは避けて通ることはできない。ネットライフの一大イベントである。いや、絶対炎上するとは限らないじゃん、と思うかもしれないが、その兆候はある。それが第8話「アカニレの皮」である。この話でのビルの行為ははっきり言って意見が大きくわかれるだろう。端的にいうとチェスクラブの嫌われ者をみんなで協力してイカサマでやっつけてしまう話である。「いくら気に食わないからって寄ってたかってイカサマでやっつけるのってどうなのよ!?」という意見と「こいつマジでクソ、やられて当然、胸がスカッとした。ありがとう!!!」という意見とでネット界隈であれば大いに議論が巻き起こるような内容である。著者としては「この話を口伝えに広めよう。目撃者を集めよう」と書いている通り、死後の審判では地獄に落ちるような行為だが、多くの人からは支持が得られるという風に考えているように思える。たしかに、チェスの実力はピカイチだが口は悪く、おまけに試合中の葉巻で思考力をそぎ落とすホウヘストラーテンは嫌われるだろうが、他に手はなかったのかなどと深く考えさせられる連作中の異色の話である。

 

という訳で、どうも炎上してしまいそうで、難しいような気がしてしまったところで、筆を置こうと思います。未読の方はぜひ、『悪党どものお楽しみ 』をご一読ください。面白いよ。

 

最後にひとことだけ言わせて欲しい。

 

 

botでやれ。

 

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